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今しかない!

長老が存命のうちに

 本やビデオで見て学んでも・・・、と危惧する。

 その一の理由は、私の人生のなかでいやという程経験した。痛い思いがある。個人的なのでここでは省略するが、それから学んだことは大きい。いや、それでしか人間は学べないものである。会社で、学校で、人のなかでもまれて学ぶものである。それは一に、二に、人と対峙してこそである。人と調和を保つことも、争うこともある。

 結局、今までの人生を振り返っても、正しい知識がなかったゆえ、長い人生といえども、人格向上、心の精進に繋がったかというと怪しいものがある。

 道が見えるのは、転機というか、覚悟が出来たときである。大病したとき、深く悩んだとき、或いは自分に大きな責任がかかったときなどと、いくつかの人生の転機が人それぞれにあるだろうが、そのなかでも、ハッキリとこれが転機だと言えるものは数少ない。

 私にとっても、二、三しかない。その中のひとつが、大病であった。しかし、そのおかげで真の仏教に出合うことができた。まさしく、大転機だ。

 あのとき、二人の師に出合わなかったら、まだ迷いの世界に居たでしょう。そう、師に対峙して、話して、初めて覚悟というものが生まれた。決心をした。

 覚悟が生まれてこなければ、何事においても、やり抜くことはできないだろう。その生の人間に対峙して、その生臭さの活きた感触を感じてこそ、真の覚悟、決意が生まれる。

 もし、その代わりがなくて、本や、テレビ、画像などで学んでいたら、そんなに、おおきな覚悟はできなかっただろう。
偉大な師だったという人の本や、映像だけをいくら見せられても、そこに生の声がない。活きた臭いがしない。そこでは、どんな人間も、活きた感性は生まれてこないものである。それは自然の成り行き、法則だ。知識だけでは・・・。

 だから、まだ、長老が健在のうちに、その声を聞き、顔を見て、決意、覚悟が生じるまで熱意を持ってぶつかっていかなければ、これから先、おそらく、今以上に、仏教は盛り上がらないだろう。それは、日本テーラワーダ仏教協会という団体のことではない。個々の我々においてである。若いから、時間がまだあるからと、無意識にでも思っていたら、アウトだ!

 今しかない!と。


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