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20121209「手放すことが生きること」

 
20121209(名古屋初期仏教デー「手放すことが生きること」
https://youtu.be/xL37dMGnF9E?t=21
日本テーラワーダ仏教協会
 
質問:一人の男性を二人の女性が好きな場合、そこに対立が生まれるが、それについてお話しください。
 
法話:愛情や怒りなどの感情の世界は、どうしても対立の世界でしょう!?解決できないんです。貪瞋痴は対立の世界です。憎しみの、争いの、奪い合いの世界でしょうに。答えはない。
 
人間は、手放すことで幸せになるのです。手放すことが、生きることの決まり、基本なのです。手放すことで生きることが成り立っていて、正しく法則に従って生きることになるのです。
 
我々の場合、「手放したくない!」という気持ちがあって生きているのです。でも手放さないと生きていられないのです。どうしても、両立できる立場ではなのです。我々の気持ちと生きることの法則は、まったく正反対なのです。
 
だから、誰でも、生まれてから苦しむ羽目になるのです。「手放しくない」と、ありえないこと、実らないことと闘っているのだから。
 
仏教は、「このようなアホな感情を潔く素直に手放してください」と云う。そこに究極の安らぎがある。何の対立もないのだと。
 
いろんな知識を学ぶときでも、手放していく。自分の気持ちを手放して学ぶ。話すときでも、自分の感情を捨てて話す。そこで言葉を覚えると同時に感情を制御することを学ぶ。言語を学ぶときでも、自分の気持ちを手放す。
 
丁寧に敬語で話す人は、自分の気持ちを置いておいて他人のことを優先している。手放さなくては成り立たないのです。
 
お金が欲しければ自分の時間と自由を手放さなければならない。人間が、今も、手放すことによって何とか生きている。そこで、転倒するのは、穴に落ちるのは、「手放したくない」と云う気持ちが生まれたときなのです。
 
そこで、人間はどうしても愛着を持ってしまうが、そこからは何も得られないのです。いくら子供に愛着があっても、いつかは出て行くのだから。愛着があるだけ、ものすごく苦しくなるだけ。
 
だから、人間のこう云う苦しみは、自作自演です。執着のあるものには、限りのない苦しみがある。執着を何の跡形もなく捨てた人には、何の苦も無い。と云うブッダの言葉。
 
だからお釈迦魔は、人間は、無知で愚か者だと言っているのです。なぜかと云うと、生きる法則があるのに、いかにしてこの法則に逆ろうかとするからなのです。同時に生きていきたいとも思う。
 
執着自体が元々成り立たないものなのです。ただ、お釈迦様は、このことに目覚めてほしいだけ。「この真理に目覚めない」と。「あなたの心も体も、一つとしてあなたの物というものは何もないのだ」と。
 
「自分」という妄想、錯覚だと。肉体に何か触れた感覚で「私」というだけでしょ。自分というものも成り立たないのに、一時的に出来あがったシステムだけで、「あれは私のもの」「あれは私が好き」とか、というは情けないことでしょ。
 
だから、気楽で、問題を作らないで、悩まないで、苦しまないで、トラブルを起こさないで、対立をしないで、完全な安穏で生きていたければ、「手放す」ということ。Let’s Go! なのです。
 
これは、ジワジワと実践した方が良い。たとえ、自分の子供であろうが、何十年結婚していたと言っても、自分のものはないのです。それぞれの生命に、それぞれの物に、それぞれの法則で変化するものとして、「放っておく」のです。
 
肉体に執着する恋の問題でも、いつでも「手放したくない」というところで問題が起こるのです。で、
 
面白いことに、自分のものにしようとすると、法則違反であって、生命法則を破ったのだから、権利を失ってしまうのです。だから、何かに執着すると、ものすごい勢いで逃げて行くのです。
 
全然執着しないと、蝶々が勝手にきて、肩にとまるような感じで留まる可能性もあります。取ろうとすると逃げて行って悔しくなる。蝶々が勝手に来て、止まったら楽しめばいいでしょに。
 
あるいは、もっと蝶々に止まって欲しければ、自分のわがまま抑えてじっとしていることでしょう!?そこで、自分の自由を手放しているのです。すると、蝶々は長く止まっている。
 
ですから、一人ふたりが愛着を持ってしまうと、3人が苦しまなくちゃいけないのです。人が人に愛着を持ってしまうと、それだけでもかなりの問題が起こるでしょうに。
 
答えは「手放す」ことです。それ以上の完璧な答えはありません。皆様の頭のなかには、「こうすればいい」「ああすればいい」と色々考えるでしょう?でも、完璧なものはないのです。
 
私にも俗世間的に答えられます。たとえば、それは脳のカラクリで、好きな人の欠点を見ないようにしているだけでしょ!脳というのは、ものすごくいい加減で、適当で、自分勝手なストーリーを作ってしまう。
 
「ある人が好きだ!」と思うだけで、その人の悪いところは、まるっきし脳が見ないようにしているのです。だから、言えるのはたくさんのデーターを入れてくださいとなるのです。
 
その人一人だけ見るのでなく、世の中のいろんな人を見て、脳にインプットしてみればなんとかなるでしょう。「この人しかいない!」というような人はいません。誰でも不完全なのだから。自分の人格と完全に合う人格は存在すらしないのです。
 
俗世間的に見るとそのような答えですが、結局は答えがないでしょ。その人が、いろんな人と付き合って見ても、それもまたややこしいことでしょうに。正解は、「手放す」ことの術を身につけることなのです。
 
「取った方が苦しい。放した方が楽だ」と。カバンを持ったら重いでしょ。置いたら楽でしょ。また、そのカバンを失くしたら、結構悩んだりするでしょ。心からまだ放していないのです。物体としては置いているけど、気持ちでは、持っているのです。かなり苦しむのです。
私ならいたって簡単「そんなものは初めからなかった」と。 返ってきても、「もういらない」と言うのです。それで終わり。失くなった時点で捨てるのです。
 
そういう問題には、正解は、「手放す」「放っておく」ことなのです。これは損することではなくて、徳することなのです。それが法則にのって生きることなのです。法則に従って生きることが科学的な生き方なのです。
(終わり)


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