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#jtba「八正道の第二『正思惟』」より

 

#jtba「八正道の第二『正思惟』」より

 

  八正道の二番目は「正思惟」―正しい考え方です。

 

  私たちはずーっと何か考えていますが、ほとんどは主観的な感情で妄想しているだけなのです。だから考えては間違う、考えては間違う。間違いだらけです。「では正しく考えよう」と思っても、そもそも何が正しい思考なのかさえよくわかりません。やはりお釈迦さまの智慧を借りて、何が正しい思考なのか、教えていただくことにしましょう。お釈迦さまは「三つの思考を避けて下さい」とおっしゃっています。

 

 三つとは、①欲(kāma sankappa)・②怒り(vyāpāda sankappa)・③害意(vihimsā sankappa)です。これらの「思考」は感情的な流れにすぎませんから、「妄想」と言った方がピッタリで、理解しやすいと思います。

 

①欲の妄想

  Kāmaは、自然な範囲を越えた欲です。「お腹がすいたから何か買おう」「旅行に行きたいからバイトでもしようかな」などと考えるのは自然なことで、別に問題はありません。「ここまで」という具体性がなく、際限のない欲が危険なのです。

 

  現代社会では「いくらあっても、あればあるほどいい」という考え方で、人間が苦しんで苦しんで、たいへんな苦労を味わっています。どんどん自然を破壊して、他の生命にも多大な迷惑をかけています。「どうしてもあれがほしい、これでなければダメだ」等、ものに執着する妄想は不幸のもとなのです。

 

②怒りの妄想

  イヤな気持ちになる暗い妄想が怒りの思考です。たとえば「私なんか何をやってもダメだ」とクヨクヨ考えることも怒りなのです。暗い感情、嫌な気持ちが出てきたら、考えることをストップすることです。怒りで汚れた暗い心であれこれ考えても、良い智恵は浮かびません。

 

  ただし「怒り」にも自然な範囲があります。「朝寝坊はやめなさい!」と子供を叱ったりするような、すぐに消える怒りは別に気にしなくてもいいのです。憎しみ、恨み、後悔、落ち込み、嫉妬、憂鬱等々、簡単に消えない感情で妄想することが危険なのです。それらは頭を狂わせ、時には「自分が正しい」と人殺しまでしてしまうような恐ろしい妄想思考です。

 

③害意の妄想

  これも怒りですが、特に自分にとって邪魔な相手に向けられる攻撃的な怒りです。自分の好ましくない対象を、倒そう、潰そう、消してしまおうとする思考のことです。これも結構よくあります。誰でも自分が邪魔されると暴力主義になるのです。虫など弱い相手であれば「害虫だ」と簡単に殺します。邪魔な人には攻撃したくなります。そういう思考はエスカレートして、とても生きづらい世の中をつくり出します。

 

  正思惟には、無害心・無瞋恚・無貪欲(離欲)の三つがあって、人間は勉強することも、研究することも自由にやっていいのですが、考える前にまずその考えなり研究が、人や生きもの、自然を害さない、そういうものの命をまもることを念頭におかなければならないということです。生きとし生けるものに対して、どうすれば助けられるか、どうすれば慈しみを持って考え方を発見できるかということです。これが無害心です。

 

  次の無瞋恚は、怒りのことです。怒るということはだれもがいけないこととわかっていますが、人間は時として、例えばスポーツなどで相手を憎んでその怒りで闘うというように、怒りを支えにして頑張ることかあります。あるいは木を伐採するときなんか、その木が邪魔だからと言って伐ってしまったり、悪い虫だからといってすぐ殺してしまったりしますが、そういうことはいけないと教えるのです。

 

  怒りの基は、結局自分のしたいことを邪魔されるから怒る、つまり底に欲望というものがあるのです。もちろん人間がこの世のなかを生きていく場合には物というものが必要になってきますが、「お金はいくらでも欲しい」とか、「クルマは何台あってもいい」というように際限なく欲望をつのらせてしまいます。貪欲というのは余分な欲という意味ですから、その余分な欲のために人間は大変な苦労や悩みを背負いこんでいるのです。これが正思惟の三つの考え方です。

 

  思考(妄想)を管理せず好き勝手に流しているとたいへん危険です。心は全く成長しなくなります。それなのに誰一人、思考を管理しようとしていません。身体の管理より思考の管理の方がずっと大切なのです。常に客観的に「ああ、自分はこんなことも考えている、あんなことも考えている」と明確に観察するのです。そうすると自分は何者かが見えてきます。

 

  自分の思考は、自分の個性であり、人格です。ですから正直に見て下さい。そして「悪いこと、無意味なこと、ろくでもないことを考えるのはやめる」と決めて実行します。離欲と慈しみの思考を努力して育てるのです。それが正思惟の修行です。

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音楽室での冥想の勧め

 


皆様へ

 4月16日の冥想会では、人数が増えた場合の備えとして、音楽室を新たな冥想場所として使いました。私を入れて三人での冥想でしたが、たまに近くの部屋から管楽器の音が漏れてくるぐらいで、完全防音ゆえ、静けさは格別です。
 冥想を深めたい方には適していると思います。私など妄想の多い未熟な者には、静かゆえにかえって妄想が出て悩まされるはめになるかもしれませんが、それなりに集中力の育った方には、冥想をより深いところで実践できる環境であると思います。それは、冥想を科学的に分析しての道理であります。

 お釈迦様の時代から、修行者は夜中の3時に起床して修行するそうです。お釈迦様の時代は森も多かったでしょうが、鳥獣さえも寝静まって、まったくもの音がしない、静まりかえった真夜中に冥想したことでしょう。皆様も、夜中や早朝に起きて、冥想したことがあるかと思います。そして、すごく良い状態の冥想を経験されたのではないでしょうか。そうなんですね、物理的に、原理的に、静かな環境の中では、冥想が深まることは当然のことです。

 ただし、ここで、せっかく掛けた梯子を外すようなことを言いますが、私個人の感想では、あの部屋で冥想するのはきついてす。窓もないので閉塞感があります。そして、床も畳と違って、カーペット敷きですが固いです。午後からの半日でしたが、身体的に疲れました。まったく苦の塊のような部屋です。ですから、体力に自信ない方や、体調の悪い方は無理をしないで下さい。それでも、やってみる意味はあると思いますが。
 たとえて言えば、和室が昼間の街中に居るとすれば、音楽室は真夜中の墓場に居る感じです。ちょっと大袈裟かな (笑)

 ところで、皆様は、関西月例冥想会20170129のビデオを観られたでしょうか。今月号のパティパタ付録の冊子(「怠け」の克服)にも掲載されています。先輩曰く、「法話を読むのは左脳。法話を聞くのは右脳を刺激する」と。ぜひその両方を刺激してみて下さい。そのなかで長老は、冥想の意義を述べられています。「Encounter直面する」ことだと。しかし、私が、興味を持ったのは、昔から仰っていましたが、「ガンは医者では治らない。心を治すと治るのです。」といった話しです。なぜ長老はそこまで知って言い切れるのかと思いました。皆様は、長老は何でも知っているからと、とくに疑問には思わなかったでしょう。以前、私もそういった勉強をしていたので、長老の話が正知ゆえであることをあらためて知らされました。

 ビデオは、マーヤーデーヴィ精舎ブログ http://mayadevi.hatenablog.com/entry/2017/02/05/142457 にあります。
 PC環境のない方は、携帯からネットアドレス=http://yahoo.jp/box/e6SzLc でダウンロードして観ることが出来ます。

 話を戻しますが、法話を観て、気負いなく素直に、音楽室での冥想にチャレンジしたいと思われた方は是非やってみてください。
 文化センターの地下には、音楽室のほかに多目的室もあります。これも音楽室と同じ造りになっています。両方とも、人気があって、いつ取れるか未定ですが、次回取れたときはお知らせしますので、ぜひ挑戦してみてください。
                                                   以上
平成29年4月17日(月)   三谷


多目的室

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